

《礼拝案内》
日曜礼拝:11:00~12:00
12月14日(日) 11:00~ 聖餐式
12月21日(日) クリスマス礼拝 午後:クリスマス会(ポトラック)
12月28日(日) 礼拝後:感謝の祈り会
《イベント案内》
☆サインダンス 12月13日(土) 14:00~ 場所:MORACKY
☆なごみアート(クリスマスカード作成)12月14日(日) 14:00~ 場所:教会
☆キッズ・クリスマス(対象:0~3歳) 12月20日(土)10:30~ 場所:教会
☆クリスマス・イブ礼拝 12月24日(水)19:00~ 場所:教会
【愛されている幸せ】「天声塵語 一日一想」より
私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを、考えなさい。事実、私たちは神の子どもです。(Ⅰヨハネ3:1)
聖書を通して神様がおっしゃることは一行に要約されます。それは、「神様が私たちを自分の子どもとして愛しておられる」ということです。聖書の中の珠玉の一節、ヨハネの福音書3章16節には、神様は御子キリストを十字架につけるほどに私たちを愛されたと書かれています。しかし、その神様の愛をそのまま素直に受け取れず、「神様に愛されて幸せ!」と素直には言えない自分がいます。私も以前はそうでした。それはなぜなのでしょう?
私たちは経験の動物です。手痛い経験は脳の中の深部に意識・無意識の記憶として刻み込まれ、同様な経験をすると、強い嫌悪感や恐れを伴って回避するように、心や身体が反応します。その反応を意識的にコントロールすることはなかなかできません。私たちは、幾度も人間世界で手痛い経験をしてきたので他人を肩じることができず、人間不信に翻弄され、「神様から愛されている事実」にも気づきません。まして神のそのような犠牲的な愛を頭で聞いても肩じられず、感覚的にピンとこないのです。しかし、そのような人間的な経験によって肩じ、感じることを妨げられている神の愛も、その神様に出会いその愛にじかに触れるなら、肩じることができるようになります。
神様に出会うとは「礼拝の中で主の臨在に触れる」ことです。その中で素直にされて初めて、自分の不遜の罪がわかり、それを放す神の愛がわかります。霊的な感覚が戻ってきて、私たちは神様の愛を感じ、霊的な目が開け神の国を垣間見て幸せな気持ちになれるのです。この礼拝を日常生活の中に持ち込むことがディボーションです。




